直径六寸

傍ら三寸くらいまでの諸々について

敗者と歯医者

親知らずの抜歯をしてから「縫い糸が気持ち悪い」というぼやきを何日も日記に書き留めていたわけだが、とうとう縫い糸が取れた。

これで晴れて口腔内トラブルともしばらくお別れだと清々しい気持ちで歯医者を去ろうとした間際、衝撃の事実を告げられる。

虫歯が2本ありますね。

まじか。

この年になって虫歯。しかも2本。

なんということだ。

泣けど喚けど虫歯は治らないので、やむを得ず2日連続で歯医者を訪れることになったわけだが、数年ぶりの虫歯の治療がそれはもう恐ろしかった。

 

まず音が怖い。

歯を削ってんだか何してんだか、口の中は見えないからよく分からんが、あの独特のキュイーーーーーンという機械音。めちゃくちゃ怖え。歯医者の椅子の手すりを握りしめる手に力が篭る。見えないことへの恐怖ともはや見えなくてよかったという安堵のぶつかり合い。歯医者の音にかかれば、ホラーゲームの効果音など無力に等しい。いや、嘘。ホラゲの効果音の方が断然怖い。ちょっと盛った。

 

そしてあの感覚が怖い。

麻酔をしているから痛みはないものの、歯に穴を開けられている感覚はめちゃくちゃある。ここまでくると痛みを伴わないことに脳がバグを起こしそうだ。え、なんだこれ怖い。痛覚がないの逆に怖い。よかった人間には痛覚があって。キュイーーーーーンの時点で既にライフはゼロなのだが、詰め物をした後にガガガガガッという謎の音を立てるもう一形態の機械がマジでヤバイ。歯が丸ごと削られているように錯覚する。が、痛みはない。怖え。命を削られているという恐怖が歯を通じて爆速で脳に届けられているあの感覚。正気を保ってあの椅子に座り続けた自分は本当に偉い。飴ちゃんをあげたい。

 

小学生の頃に散々経験したはずなのに、今の方が怖いというのが辛い。

幼いころの無知な自分より強い自分などこの先2度と現れることはないのか。人生というのは非情なものである。

 

とまあ頭ではいろいろ考えていたのだが、もう、二十歳。

この恐怖を歯医者さんに悟られてはいけない。椅子を握る手に力が篭っていることを気づかれてはいけない。怖い怖いと泣いて許されるのは幼い子供だけである。二十歳を迎えた大人が歯医者の恐怖に屈するなど断じて許されない。

 

治療は無事終了し、今回の医療費の総支出を計算して私は再び肩を落とす。仕方ない。今日の晩御飯は総額20円の炒飯のみ。おなかが空いてきたので歯磨きをしてさっさと寝よう。